認知症になった母の愛の物語・・・


認知症の家族の本当の想い、聴きたいと思ったことありませんか?





こんにちわ!
笑いで地球を喜ばす!
喜びの地球創造プロモーター
よしみんこと小山吉美です!

 


しっかり者で
恐ろしいほど厳しく激しく気丈な母が
認知症の兆しを感じてから
もう7~8年ほどになるでしょうか。

 

パーキンソン症候群で足がおぼつかなくなり
転倒して股関節を骨折・手術した4年ほど前から
認知症は加速し、
もう父との2人暮らしは出来ないと判断し
老健施設で暮らす母。

 

最近は、逢いに行っても
私のことはもちろん
毎週逢いに行ってくれている
大好きな兄(息子)のことも
徐々に記憶から消えているのではないかと思う今日この頃。

 

先日逢いに行ったときに

母は今何を感じでいるのだろう?
施設のロビーに置かれた
ダイニングテーブルの椅子に座り
居眠りをしながら1日が過ぎていく・・・
この毎日をどう感じて生きているのだろうか?

母は幸せなのか・・・?
母の人生って幸せだったのだろうか・・・?

心からそれを知りたいと思いました。




友人である
ソウルトランスレーターやまねっちが心に浮かびました。

やまねっちには
孫のてんちゃんがお腹にいるときから
てんちゃんの想いや希望を聴いてもらったり


天国に行ったお姉ちゃんのメッセージを伝えてもらったり

天国に行ったペットや
今一緒に暮らしてるペットの想いやメッセージを伝えてもらったりしているので

認知の母とも話せるんじゃないか??

そう思ったのです。

快くこの依頼を受けてくれたやまねっちと
父を連れて母が暮らす老健施設に逢いに行きました。




母は小さい頃に父を亡くし
父の顔さえ覚えていない。

 

母に輪をかけて気丈で強烈な祖母が
女手一つで母と母の弟を育ててくれた。

 

祖母は母の弟を溺愛し
きっと母は寂しく悲しい思いをたくさんしたであろう。

 

大人になった母は、
いつも楽しくいろんな話をしてくれる父を好きになった。

 

父は、田舎の旧家の長男で
跡取りという立場なのに
家を出た超自由人!

 

小さい私の記憶に残っているのは
優しくてよく遊んでくれる「お父さん」としての父だが

決して「いいだんな様」ではなかった・・・

 

仕事もよくしたけど
女遊びもよーーーくした模様(笑)

六畳と四畳半しかない狭い家に
女の人が泊まりに来たこともあった。

 

今思うと、超不思議!!
どこでみんな寝てたんだろう!!笑

 

父と母が仲良くしている風景は
全く記憶にはなく

ケンカしている風景しか残ってない・・・。

 

私が大人になって
結婚して家を出てからも
たまに帰るとよくトゲトゲコミュニケーションをしていた。

 

結婚してからずーーーーっと
働きづめだった母。

身体が弱く、喘息で高血圧で
いつも大量の薬を飲みながら仕事していた。

 

きっと昔は私たちの学費に
私たちが独立してからは
孫や私たちのためにせっせと使ってくれていた。

 

80歳まで現役で働いてた母。

 

プライドが高く
本当にしっかり者だった母が
認知になった時、
初めは受け入れられない想いもあった。

 

でもどんどん可愛らしくなって
悪態ばっかりついていた父に
素直に頼りだしたのを見た時

母は自分で選んで認知になったんだと感じた。

 

足がおぼつかなくて
いつも父の腕をもって歩く母を見て
本当は若い時にもっとこうしていたかったんだと感じた。


 

あまのじゃくで素直に甘えれなかった母の最期の手段だったんじゃないかって思った。

そうすることでしか甘えれなかった母。

今もまだ現役自由人な父に
言いたいこと、伝えたいことを

何かしてほしいことはないかを

やまねっちに聴いてもらいました。


 




やまねっちによると、

父と話すときは母は
出逢った頃、新婚時代の若い自分だそう。

 

母の目に映る父は、若くて
オトコマエで、いつも楽しい話をしてくれる
「大好きな人」

 

お父さんに苦労ばっかりさせられたけど
幸せやった。。。

っていうのです。

 

私「若い時、じいじい遊んでばっかりで
全然帰ってけーへんかって
寂しくなかったん?」

(以下母の言葉はやまねっち訳)

お父さんは、家にはきっちりお金入れてくれてたし
遊んでばっかりやったけど、絶対私のところに帰ってくるのわかってたから

 

私「じいじと別れようと思えへんかったん?」

 

ないよ、それは一回もない。

 

私「え!!出ていく!って大ゲンカして
荷物まとめてるの
子どもの時に見たことあったけど!!!」

そうゆうたら、
お父さんがわかってくれると
思ってたから言っただけ。

 

父「この人は辛抱強かったな!
ほったらかされてても辛抱強かったわな!」

 

お父さんが女遊びをしても
家にはお金を入れてくれるから大丈夫やって思ってた。
家には絶対帰ってくると思ってた。
絶対私のところに帰ってくるって思ってたから。

 

父「ワシ、ずーーーっと家空けてたもんな!笑」

(父、笑うわ!!笑)

 

私「ばあば、なんでじいじいと結婚したん?」

優しかったから。
優しくてマメやったから。
しゃーけど、マメなのは、みんなにやった(^▽^;)

 

父「(オレのこと)好きか?」


 

うん。。。

 

私「じいじに言いたいことある?」

こまめに逢いに来てほしい。

 

他にはないの?って聴いたら
ばあばは言った。

 

お父さん、ちゃんとご飯食べてる?
お父さんのご飯作るの好きやったのに
今でけへんから・・・
お世話できなくてごめんなさい。。。

作ってあげられへんのが、
ホンマに申し訳ない・・・

そう言って母の頬を大粒の涙が流れる。


 

こんなになっても
父のことを気遣う母の愛に心が震えた。

 

母は、
お父さんのお母さん(姑)から
お父さんの好きなもの聴いて、
お父さんの好きな料理教えてもらって
お父さんがそれで喜んでくれるんやったらと思って
一生懸命食事を作ってたという。

(ばあばのこの言葉に現役主婦の孫たち大反省!笑)

 

びっくりしたのは
あれだけ喘息の発作でいつも寝込んでいたのに
父はそれを知らなかったこと。

 

母が言った。

 

お父さんの前では、
咳せえへんように我慢してた。
お父さんに心配かけたり、
嫌がったりして迷惑かけるの
嫌やったから。

 

えーーー!!!!

 

元気な時は
全く可愛げのない強い女だった母が
こんなにも健気で尽くす女性だっただなんて!!

 

じいじに手を握ってもらって
恥ずかしいけどすごく嬉しい・・・とはにかむ母。

 


本当に母は今、20代の少女なんだ!

 


 




そして私は本当に聴きたかったことを尋ねた。

私「ばあばあは幸せやったん?」

うん。
幸せやったよ。
今も幸せやよ・・・

 

私「なんで、ばあばは認知症を選んだん?」

もう我慢するのが面倒くさくなった。。。

 

そうやったんやね・・・
長い間気を張ってて
もう疲れてしまったんやね・・・。

 

そろそろ疲れてきた様子の母に
最後に一言、じいじ、なんかゆうてあげて~!というと、
なんと父はこう言った!

 

父「わたしが、アンタより はよう死にたいんや、よろしく!」

(何てことゆうの(^▽^;))

それはアカン。
寂しいから、ちゃんと私を看取ってください。


 

どこまでも
自分が生きている間は
父といたいんだな・・・・

 

その恋心に泣けてくる。

 

やまねっちが感じ取って伝えてくれた、
母の脳裏にあるのは

父との嬉しいお出かけの様子や
母の作った料理を美味しそうに食べる父の姿だった。

 

そして
美味しいものは全て
自分はいいから
家族に食べさせたかったという。

 

子どもの私の目から見た母と
本当の母は
こんなにも違うってことがビックリだった。

 

いつもキーキー怒ってて
鬼母だった母は

本当はこんなにも可愛い女性だったんだ・・・


 

あんなにも仲が悪いって思ってたのに
母は、人生をかけて
父を愛し続けていた・・・

 

不器用だったけど
素直じゃなかったけど
母はずっとずーーっと
父を愛し続けている。

父に惚れているんだ。


 

こんなにも大切に思っているんだ、、、今もなお・・・。


 

その愛の大きさと深さと
献身さに感動でした・・・・。

一人の女性として
一人の人間として
心から尊敬の念が湧いてきた。

 

そして心から愛おしいと思った。

 

この人の娘でよかった・・・

 

改めて母を誇りに思った。

 

ばあば、ありがとう。
心から愛してるよ。

 




長い人生、
いろんなことがあるけど
悲しいことも
辛いことも
苦しいこともあるけど

人生の最後に
心にとどめるのは

喜びと愛しかないんだ。

 

人って
本当に
愛の存在なんだ。

 

それをつくづく感じさせてもらえました。

 

魂の通訳をしてくれた
ソウルトランスレーターやまねっちに
心から感謝します。

 

ありがとう!




記憶は消えるわけではない。
むしろきっと鮮明に残っている。
ただ、表現できなくなっただけ。

 

認知症コミュニケーション・・・
認知症の方のお声を
ぜひご家族のかたに聴いてもらいたいなって思いました。

本人も
周りの家族も
救われることがたくさんある。

 

どれだけの時間が
残されているのかわからないけど

今の母の願い

「あんころ餅を食べたい」
「家族が集まる場所にいたい」

 

できるだけ機会を作って
母の望みを叶えようと思います。


 

おかあちゃん!大好きやよ~~!!

 


最後まで読んでくださりありがとうございます!
今日も自分のいのちを思いっきり喜ばせて生きようーー!



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